アニメ「痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。」を見終えたので感想を書いておく
見終わったけど途中の数話は見逃してると思う、それでも個人的には満足しているので思ったところをザッと書いてみる。
特長
以前に書いた記事はこちら。
挙げていた特徴はこの三点。
間違ってはいないんですが、今は少し感想が変わっているのでその辺りについて触れながら行きたいと思います。
異世界もの→スモールコミュニティ
以前にも書いていたように、異世界ものの世界観はユートピアです。ファンタジー作品のようにしっかりした設定を元に作られたものではなく、ファンタジー世界を舞台としたゲームの設定を借りて作られている事が多い。
そしてその世界で大活躍する訳ですが、この構造は「田舎に行った中高生が地元の子供たちに都会でしか手に入らないガジェットやファッションを見せびらかして尊敬される」ような感覚だと個人的には解釈しています。
しかしその世界に登場する人物の中には当然ながら大人や、更に王様や軍人も含まれます。そんな彼らの存在にいささか疑問を感じる事がありました。
これは歳を取ったから見えて来る側面かもしれませんが、子供に倒される大人たちという構図です。立派な大人として描かれた人物でさえ、せいぜい主人公と同程度の考えや技量しか持たず、大半は簡単に倒されて終わって行く。
フィクションに完全なリアリティを求める訳ではないですが、それでも引っ掛かるものはありました。
ですがこの作品の設定はゲームです、舞台となっているのはVRMMORPGというVRヘッドセットを付けてプレイするゲームの世界。
なのでそこで起こっている事もあくまでゲームとしてとらえられる。これは前述したような引っ掛かりを抱えてアニメを観ていた自分のような人間には有難いものでした。
なので前回の記事から考えをハッキリと変えます。異世界ものとVRゲームの作品は違う。
とまぁ、初っ端から思い切り個人的な感想ですいません。
萌え+チート→日常系+異世界もの
異世界ものの俺TUEE要素と萌えの文脈(どじっ子)を融合させた作品。これに関しては余り考えは変わっていません。
しかし面白かったのは、チート的能力を手に入れる事でヒーローになったり敵を倒したりする訳ではなく、他のプレイヤーや更に仲間にまで恐れられるというもの。主人公が強くなり過ぎて尊敬ではなく恐怖の対象(魔王やラスボス扱い)になってしまうというものでした。
当初に予測していたのは、あくまでその力を使って楽しく冒険したりイベント等でライバルと覇を競う程度のものでした。しかも主人公にその自覚はない、という天然属性も加わっています。
この日常系の女の子を見守るような感覚と、バトルや冒険という要素が見事に混ざり合っていた。これらの要素はそれぞれ新しいものではないですが、それらが混ざる事で不思議な満足感を作り上げていたように思います。
スローライフ?
以前の記事ではこのスローライフを以下の点でまとめてあります。
- イベントや冒険をする
- 世界の広がりがある
- 仲間が増える
この作品の不思議な点は、登場人物にそれなりの動きがありつつも(精神的な変化や関係性の変化はないですが)、どこか牧歌的でお馴染みの感覚があった事です。
これもやはりゲームが舞台でその中の出来事である、という先の理屈で理解すべきでしょうか。何にしろ今までの異世界ものと言われた作品群とは大きく違っていると考えるべきでしょう。
俺たちTUEE
この傾向も出てますね。個人的には『超余裕』と言われる作品で知ったんですが、これまでの主人公のみが強くて仲間はハーレムのみといった構図が変化しています。
それでも主人公の強さが一歩も二歩も際立っていたんですが、この仲間という概念はこれからも強くなっていくのかもしれません。
eスポーツ的
それだけチートな主人公ですが、多少は苦戦するシーンもありました。
これはゲームのイベントやそのルールの縛りという要素がある為、チート級の強さを持った主人公でも戦略的な動きを求められた点にあります。
この辺りは恐らく原作の方が楽しめたのではないかと思える部分が多々ありました。主にニコ動で観ている人間なんですが、動画のコメントにスキルの説明が付け加えられている事が多々ありました。
アニメにする際にどうしてもそういう細かな部分ははぶかれる傾向があり、これは時間の制限上仕方ないとも言えます。
それでもこの戦略性やライバルとの駆け引きが非常にeスポーツ的であると感じる部分はありました。
ライバルたちは倒したら終わりの存在ではなく、これからも共に遊ぶゲームのプレイヤーだというのが異世界ものとの違いの一つでしょう。
日常化したゲーム世界
ゲームが主題となった作品は多く存在します。過去に『ドラゴンクエスト』というアニメが作られたり、『ドルアーガの塔』もゲームが元になった作品だったはずです。
しかしゲームをゲームとして楽しみ、しかもそのゲーム内容が中心となった作品というのはいつ辺りから存在するのか……。
もちろん『SAO』やそれに先行する作品によって作られたジャンルではあるんですが、それらの主題としていたものは冒険であったりゲームそのものの謎であったりとスリルやサスペンスが中心の作品だったと思います。
それがこの作品では日常化している。この変化は何なのか?
残念ながらVRMMORPGは現実世界にまだ一つか二つ程度しか存在しません。しかもそれほど知名度がある訳ではない。ならこのジャンルが多く存在して日常化している分野はどこか?
答は簡単、フィクションです。創作物の中で数多く描かれ、想像された事によって日常化した。つまり「なろう」やそれに追随する作品群によって語られ、語られ過ぎた結果としてこの作品が存在している。
現実ではほぼ存在していないものが、語られ過ぎた結果として日常化したという。この現象は多分そんに珍しい事ではないと思うんですが、それでも妙な感じはします。
しかもSF的な追求のされ方ではなく、その世界でどう楽しむか? というのが問われているというのも興味深い点かもしれません。
2期決定
非常にいいタイミングで記事が書けたなと思っています。2期決定の情報があったのが2/28.記事を書こうと思ったのがその前日でした。
でもこの情報はあくまで制作決定というだけなので、ここから最低半年は掛かると思っていいでしょう。我慢できない方は原作を追った方がいいかもしれませんね。
まぁこちらはアニメを待つ派なので、それまで別のアニメを観ながらゆっくりと待とうと思います。